宮崎本部 総師範 村上華陽さん
熱心に稽古に励むメンバーの中から、宮崎本部の総師範 村上華陽(本名:上野千恵)さんをご紹介します。
華陽さんの師匠は、人吉支部 総師範の村上由里華先生です。
由里華先生は華陽さんが小学校3、4年生の時のクラス担任の先生でした。
華陽さんが3年生の時、由里華先生が数名の生徒に「三味線を習いませんか?習いたい人はお家の人に相談しておいで」と声をかけられたそうです。
由里華先生曰く、歌が上手な生徒に声をかけたとのことですが…(笑)
もともと音楽が好きだった華陽さんは、三味線にも興味を持ち、お母さんに「三味線を習いたい」と相談したところ、「やりたいなら、頑張りなさい!」と許可がおりました。
そこで早速、由里華先生に三味線を習う事になったのです。
学校の昼休みや下校後に三味線の指導を受けることになるのですが、「三味線には毎日さわりなさい」と言われた華陽さん。
その日から毎日、学校の帰りに由里華先生の家に立ち寄り、由里華先生がいてもいなくても三味線のお稽古をして帰ることが日課となりました。
先生が準備して下さる「おやつ」や、遅くなった時に先生が作って下さる「おいしい晩ご飯」がとても楽しみだったと、当時を懐かしそうに話して下さいました。
もともと熱血漢で有名な由里華先生。
生徒さんをしっかり仕込むのが先生の目標ですから、指導力も並のものではありません。
指導を受けた生徒さんは皆さん上手になられます。
また、それを素直に受けていく華陽さんでしたから、小学校6年生で名取、高校生で師範に昇格されました。
また初代家元からも見込まれていた華陽さんは、中学生から民音公演や宮崎でのイベントなどにも出演。
学業も両立しながら、プロのステージにも数多く参加されました。大活躍の華陽さんでしたが、平成8年の村上三絃道特別公演『道…遥かなる峰をめざして』の舞台を最後に結婚され、大好きな三味線をしばらく休むことになりました。
その後4人の子宝に恵まれ、家事や育児に追われる日々は続き、1番下のお子さんが小学生になり、手がかからなくなった頃、由里華先生より「私の後継者になりませんか?」とご指名をいただきました。
これまでお世話になった由里華先生に、いつかご恩返しがしたいと思っていた華陽さんは、三味線を弾くことによってご恩返しができればと復帰。
復帰して今年で15年を迎え、今では由里華会の活動や、本部でのスクールコンサート等でも活躍されています。
今後は由里華先生の目標でもあった熊本県内でのスクールコンサートを実現し、若い方たちにもっと三味線に興味をもってもらいたい。
また宗家や家元のように聴いている人に感動を与えられるような演奏がしたい!
宗家や家元の想いを生徒さんに伝えていきたい!と目標を語ってくださいました。